深谷シネマ 竹石研二館長インタビュー

この10年で深谷という場所の名前を何度耳にしただろうか。

時にはロケ地として、時には「珍しい映画館」というフレーズの中で耳にすることが増えたと思う。

全国で唯一、酒蔵を改装した映画館として知られる深谷シネマ。この映画館に入ると、この場所に流れる緩やかな時間にとてもほっとした。

映画と深谷という街、そして人を愛する竹石館長に話を伺った。


もっともっと映画館がない地域に上映を普及するっていうのかな、そういうことに今も関心を持ってますね。


ーまず最初に竹石さんが、映画に関わるきっかけはなんだったのでしょうか?


竹石:20代後半の時に都内の小さな診療所で働いていたんですが、自己表現をしたいという気持ちにかられまして。それは演劇なのかなというのもあったんだけど、そのころ映画サークルの全国組織があって、そこへ参加したのが縁で記録映画を作っている方の助手をやり始めました。


ー最初は撮影現場だったんですか。


竹石:そうですね。国鉄の労働組合のドキュメンタリーを作っている監督さんがいましてね。やっているうちにちゃんと勉強もしたいなということになったんですが、その時に今村昌平監督が映画学校を作るぞっていう記事が週刊誌に出た。じゃあそこへ行って才能があるかどうか試そうと思って学校へ行きました。


ー今の日本映画大学ですね。


竹石:はい。日本映画大学は一番最初、横浜にあった横浜放送映画専門学院というところだったんです。


ー小さい頃からよく映画は観ていたんですか?


竹石:墨田区の普通の下町で育ったんですが、押上シネマというのがあって小学生の時はそこへ行ったりしてました。チケットは50円くらいだったかな。あとは橘館っていう新東宝の映画館があって、夏は四谷怪談とかおばけ映画、それと嵐寛寿郎の『明治天皇と日露大戦争』という映画を観たりとか。子ども同士で観ていました。


ーそのあと、映画の現場を経て映画学校も卒業された。


竹石:そうですね。映画学校にいたときに京橋のフィルムセンターへ映画を観に行ったりしてたんですが、当時日活に児童映画っていう部署があって、そこのスタッフの方にフィルムセンターで出会ったんです。そのことが縁で、日活の児童映画に来ないかって声がかかった。履歴書だけでOKという感じで入社しました。


ーいろんな縁で映画と繋がっていたんですね。児童映画の部署に入って制作の手伝いをしていたんですか?


竹石:そう。そこは年に一本映画になりそうな企画を立てて、出来上がった作品を映写もしてたんですよね。16mmの映写も全部セットで、小学校やホール、公民館で映画を上映したんです。そのことがすごく記憶に残ってて。直接上映して反応が直に伝わってくるので、それがすごく面白かった。だから常設の映画館も大事だけど、もっともっと映画館がない地域に上映を普及するっていうのかな。そういうことに今も関心を持ってますね。

やっぱり日本映画をちゃんと上映しないといけないなぁと思ったんです。


ー深谷で映画の活動を始められたきっかけは?


竹石:ここに来てもう40年近くになるんですけど、商店街のお店も段々閉まってね。徐々に寂しくなってるんですよ。もうちょっと賑やかだったり楽しいエリアにできないかなっていうのはずっとあって、それだったら商店街の空いているスペースを活用して映画っていう文化をもう一回置くことで、なにか新しい動きとか流れが作れるんじゃないかって。それで2000年にNPOを立ち上げたんですね。


ーちなみにおいくつの時だったんですか。


竹石:ちょうど50歳で、その当時は生活協同組合の職員だったんですね。10年くらい地域で仕事をしてて、やっぱり深谷から離れるのはいやで、この街でなにかやりたかった。それと自分の気持ちを整理したら、「深谷で小さな映画館をやって、終わったらみんなで一杯やる。」というのが自分の人生だと思って、えいやって(映画館を)やったんですね。

ちょうど2000年に仲間とNPOを立ち上げて、熊谷市役所にある記者クラブに行きました。50歳のおじさんがこういうことをやりたいんだって記者発表をさせてもらった。そうしたらみんな面白いって書いてくれて、それを読んだ県内の映画好きの人たちが10人くらい集まってNPOを立ち上げることができたんですね。


ー50歳で新しいことを始めたんですね…。すごい行動力だと思います。NPO立ち上げからすぐに深谷シネマの活動につながったのですか?


竹石:街に空き店舗はあるわけだから、そこを活用して映画っていう文化をもってくればいいわけで、イメージはあったんです。はじめに街中の洋品店の一階に事務所を借りたんです。そこで通りかかったおばちゃんが『愛染かつら』を観たいってことだったんで、ここを借りられそうだからやっちゃおうってことで(上映会を)やったんですね。そうしたら、2週間で70歳以上の女性たちが1150人もつめかけてくれました。16mm上映だったんですけど、たまにフィルムが切れるんですよね。でも「やー昔もそうだったよ」とか言ってくれたりして。映画館で歌を歌い出したりね。上映が終わってからちょっとお新香とお茶を振舞ったら誰も帰らないで、自分が若かった頃の話でみんな盛り上がるんですね。その光景を見て、やっぱり日本映画をちゃんと上映しないといけないなぁと思ったんです。


ーなるほど、最初は空き店舗での上映活動だったんですね。現在深谷シネマがあるこの場所とはどうやって出会ったんですか。


竹石:その洋品店での上映活動は1年足らずで撤退になって借金も抱えました。その後、深谷TMO(タウンマネジメントオーガニゼーション)事業の中で映画館をやろうってことで僕らが提案をしてスタートしたんですね。たまたま当時フィルムコミッションもできてて、今の深谷シネマ辺りがロケ場所で使われたんですね。それが出会いでここのオーナーとも知り合いました。ここは900坪ある旧七ツ梅酒造っていう造り酒屋さんで、江戸元禄創業なんですよ。話しているうちに「大きさも映画館にぴったりだからここの西酒蔵に来たらどうだ」って言ってくれて、ここに来ることになったんです。


ーそこから改装されるんですね。かなり大変な改装だったのでは?


竹石:国の空き店舗活用の補助金にNPOとして申請して、あと市民の皆さんが約1,000万寄付してくださった。でも、残りが2,000万くらいあったのでそれは銀行から借りて、もうじき返し終わるんですよ。


一人一人の映画の楽しみ方に触れたときっていうのかな、それを垣間見たときに嬉しいなって。


ー机のあるスペースが広くてなんとなく居心地のいい空間ですよね。


竹石:映画館で映画を観た後のロビーのような、映画を観なくても市民の方が誰かと待ち合わせてもいいし、自分で本を持ってきて読んでもいいし、フリーにこの場所を使ってもらいたかったんです。まぁドアは閉まってますけどね。気持ちは開かれている(笑)。

市民の皆さんから寄付をたくさん頂いたので、みんなの映画館だと思ってますね。


ー僕が深谷シネマに映画を観に来た時、上映の前に竹石さんが挨拶をしていましたよね。


竹石:それはね、『愛染かつら』をやったときにちょっとしたした挨拶をしたら、他のスタッフから続けようって言われて、それが癖になってね。わざわざこの映画館に色んなところから来てくれているわけだから、一言だけご挨拶はしたいなって思ってますね。


ー深谷シネマが始まってからお客さんとの関わり方に変化はありましたか。


竹石:特別っていうのはないんですけどね。以前は1日4回上映だったんだけど、今は1日5回上映なんです。上映の間が20分か30分なんでお客さんも続けて観てくれるようになりました。軽食もできるぐらいのスペースがあればコミュニケーションも進むんだろうと思うんですけど。上映終わった後は、時間が空いているから観た作品の話をお客さんとしたりしますね。そうするとまた次来た時にお互いにちょっと話をしたくなるしね。そういう方は何人か出てきてますよ。


ー何を話していてもお客さんの話が自然と竹石さんの口から出てきますね。


竹石:もう18年受付に立ってますからね。

お客さんにもかなり常連の方もいて、ここで映画を観続けてくれことが一番の応援だと思うし、一緒に映画を楽しめる関係だと思うんですよ。ずっと来てくれていた方がふと来なくなったり久々に来てくれたときに、「実は介護をしてて、亡くなったんで…」って言われる方がいたり。あとは、お母さんの介護に行って、その途中の深谷シネマで気分転換をするために映画を観ているとか、いろんな人が映画を自分の生活の中で上手に取り入れながら観ているんですよね。一人一人の映画の楽しみ方に触れたときっていうのかな、それを垣間見たときに嬉しいなって。

ー場所の時間も人の時間も蓄積されていくんですね。


竹石:街の中にこういう歴史的な建造物をただ残すんじゃなくてね。使いながら継承していくっていうのかな。そういうことはやっぱり関わっている人たちがやっていかないと。場所があれば歴史が語れるし、美味しいお酒も飲めるんで。ロマンもあるしね。みんなでやればいろんな知恵と力が出るんじゃないかなと思ってます。


ー最後に、竹石さんにとっての映画、あるいは深谷で映画を見せるというのはどんなことなんでしょうか。


竹石:“見せる”っていうかね、みんなと一緒に観る感じがいいですね。自分も普通の市民だし、一緒に映画館で笑ったり泣いたり。そういった共感ができる、それがやっぱり一番庶民らしいというか。映画館は、自分の街にちょっとあって自転車ひっかけて映画を観に行って、一杯やって帰ってこられる。そういう場所が本当は必要なんだと思うし、映画を観て気持ちが少し整理されたり温かくなったり、泣いたりね、あぁ生きてるんだなとか、あぁ俺って人間なんだなとか感じられる。人間に戻れる場っていうか、映画館とか映画にはそういうものがあるのかなって。そんな感じはしますけどね。




僕が映画上映前に深谷シネマへ向かうと何台かの車が入っていった。館内に入ると竹石さんが客席とロビーを行き来しながら忙しそうに動いている。客席の入り口で常連のお客さんと軽く言葉を交わしている。

竹石さんと話をしていると、ここへ来るお客さんの話、深谷の話、そしてお酒の話が度々出てきた。映画館へ人を招き入れることも、お酒の席を一緒にすることも、もしかしたら同じ仕事なのかもしれない。

この映画館はこれからも柔らかい時間の中でたくさんのお客さんを受け入れていくのだろう。


photo & text 深田隆之

【écouter】-エクテ-

【écouter】-エクテ- とは、 フランス語で【聴く】という意味。 映画・あるいは映画館にまつわる様々な人たちの話を聴いてみたい。 そして紹介したい。 その先に、また新しい映画との出会いがあるはず。

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